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白井先生こちらで宜しいのでしょうか?

 投稿者:山本(林)靖子  投稿日:2015年 5月10日(日)19時43分34秒
  1994年卒業の林です。先日は、お休みのところ先生宅に押しかけてしまい申し訳御座いませんでした。
十数年前にも、当時友人だった今の主人と突然訪問した事がありました。
何の縁なのか私も春日部に住むこととなり、文教生の寮を見かけるとついが癖う時代を思い出します。
また、時間をみつけてお会いしに伺わせて下さい。
ありがとうございました。
 
 

中国語

 投稿者:吉 じんずメール  投稿日:2011年10月19日(水)22時25分6秒
  パートナー探しはやってくれる
教えたり、教わったり
音声による会話も可能
お互いは先生でもあり、学生でもあります
支払うことも支払われることもありません

http://www.miao-w.com/

 

OB・OGの皆様へ

 投稿者:準備室  投稿日:2010年 4月 3日(土)13時23分45秒
  小倉・中林両君へ
中文科への投稿ありがとう!
お陰で中文科の阿川・白井両先生も元気で学生指導・研究に情熱を注いでおられます。
中文科でもホームカミングディなどOB・0Gの皆様との交流をはかっていきたいと
思っています。これからもよろしく。謡口
 

久しぶりに

 投稿者:ナカバヤシカツユキメール  投稿日:2010年 1月18日(月)22時52分34秒
  のぞいてみれば、なんと!新たな書き込みが・・・
わたくしと同期の御仁ですね。この名前に心当たりがあればメールでも下さい
ところで、この掲示板まだ見てる人いるのかな(笑)
今や中文科の卒業生も2000人を超えているのかな?
こういうのをもっと有効活用できるようになるといいですね
 

ご無沙汰しております

 投稿者:小倉 茂  投稿日:2010年 1月14日(木)07時50分32秒
  93年卒の小倉です。在学中は志村ゼミに所属しておりました。卒業して17年、不惑を迎えました。現在、某製薬メーカーの子会社で営業をしております。卒業後、越谷に赴くこともなくなり、同期との交流も、ほとんど途絶えてしまっている状態です。久し振りに卒業生が集合できる機会が出来ると嬉しいです。
在学中にお世話になった謡口先生、白井先生、阿川先生お元気ですか!今年は是非お目にかかりたく思っております。
 

いつでも歓迎いたします

 投稿者:青木  投稿日:2006年 9月16日(土)10時48分19秒
  山田先生は相変わらずお元気そうで安心いたしました。皆様ご存知かと思いますがわたしの住む広東省中山市には「孫中山」(孫文)の生家があります。ほかにこれと言って有名なものはありませんが、もしいらしていただいたら役不足かと思いますがわたしがご案内させていただきます。皆様お忙しいかと思いますがもしこちらへいらっしゃる機会がありましたらついでに足を伸ばしていただけたら嬉しいです。いつでも歓迎いたしますよ。  

青木同学へ

 投稿者:山田忠司  投稿日:2006年 9月14日(木)20時49分27秒
  お元気で帰任された由、なによりです。どうか、健康と交通事故に注意され、お元気でお過ごし下さい。
 私も先日、北京、天津、上海と駆け抜けて参りました。そのうち貴地も訪問したいと思っております。その際は事前連絡などせず、突然行きますので、よろしく。
 

中文科の先生方へ

 投稿者:青木  投稿日:2006年 9月14日(木)00時45分57秒
  帰国中は突然大学へ行ったりしてお騒がせいたしました。わたしも中国へ戻って約2週間が経過し毎日楽しく生活しております。わたしの勤める高校も9月1日から新学期が始まりました。中国での日本語教師生活も3年目をむかえ、ますます楽しくなってまいりました。この9月からは高校3年生就職クラスを担当しております。また近いうちに近況報告をさせていただきますので宜しくお願いいたします。  

喜鵲登枝(カササギが枝に登る)

 投稿者:白井啓介  投稿日:2006年 3月30日(木)16時09分50秒
   中国では、カササギが枝に登ると吉祥という言い伝えがある。
 北京日本学研究センターの建物の南側に、ポケットパークのようなわずかな庭がある。ここに20mほどの木が6~7本あり、その2本にカササギの巣がある。赴任早々、センター三階の南側廊下に、灰皿と空気清浄機を設置し、そして事務主任のはからいでソファーが置かれ、ささやかな「喫煙所」を設けた。この喫煙所が、ちょうどポケットパークに面している。
 昨年4月初旬、任を引継いだばかりの頃、ここで一服していると、カラスより少し小型の黒い鳥が、この巣に出入りする。木にはまだ若葉が茂っておらず、巣は丸出しの印象だった。この鳥が、カササギかと認識するとともに、何となく観察することとなった。カササギは、ペンギンのような配色で、背中が黒く腹が白い。翼の付け根と先端が白く、尾は尾長のように長い。中国側副主任に確認したところ、まさしくカササギだ。喫煙家の彼もこの場所の愛用者だ。曰く、午前中にカササギの姿を見ると、その日は縁起がよいとか。爾来、一服の傍ら、ここでカササギの姿を認めることが、いつしか日課になっていた。
 5月半ば、この巣が、騒がしくなった。どうやら雛が孵り、くちばしを突き出して親鳥にねだっているらしい。若葉も茂り、巣の中はよく見えなくなっていた。親鳥は足繁く(羽根繁く?)巣に戻り、えさを与えているのだろう。こんなカササギの行き来を眺めることが、夏まで続いた。
 その後、夏休みなどで「観察」は中断気味だったが、秋になるといつの間にか、親鳥か雛か区別が付かなくなり、数が増えたのか、頻繁に目にするようになり、関心も薄れていった。
 冬になると、ギュンギュンという鳴き声は聞こえるが、あまり姿を現さない。ところが春節を過ぎ、風が温んでくると、再びカササギの飛び交う姿が目につきだした。
 3月も半ばになると、カササギは忙しくなってきた。どうやら、新しく巣作りを始めたようで、くちばしに枝をくわえている。それがセンターの喫煙所の向かい側でも、せっせと繰り返される。前年と同じペアが入居するのか、空き家となった巣に別のつがいが入るのかは定かでない。しかし、確かに1年が経ち、また新たなサイクルが始まったのだ。
 カササギが架けた橋を渡って、牽牛と織女は1年に1回の逢瀬をなすという。私も、カササギに誘われて、1年暮らした北京から日本へ帰ることにしよう。
 お世話さま、カササギくん。

白井啓介 06/03/30
 

山東威海

 投稿者:白井啓介  投稿日:2006年 3月29日(水)00時02分8秒
   帰国間際の慌ただしい時期に、昨年末引き受けながら大雪で延期となった講演に、改めて出かけることとなった。山東省威海市にある山東大学威海分校で「日本文化祭」が開かれるためだ。
 威海は、清国海軍の要塞地で、昔は威海衛と呼ばれた。日清戦争の激戦地で、清国北洋艦隊司令部があった劉公島には、現在甲午海戦館という展示館と博物館などが建つ。島へは観光船で15分。真新しい甲午海戦館は、最新の展示が採用され、北洋艦隊の軍艦(定遠と鎮遠の2艦が中軸)の脇で、司令官の丁汝昌が指示している場面を実物大の人形(蝋人形のような)で示す。軍費を頤和園修築に回したがため、敗戦の原因を作ったとされる西太后も、リアルに再現される。
 3D画面の映画で、日清戦争初期の豊島海戦(朝鮮沖)の模様が演じられ、さながら海戦を観閲するかの感じだ。そして、展示の最後には、小泉総理の靖国参拝、釣魚島(尖閣諸島)の領有権問題、東(シナ)海での天然ガス開発をめぐる争いの紹介もある。さすがに「愛国主義教育基地」だ。この島は、今でも海軍の管轄下にあるあるとか。
 威海市は、中国国内で最も人間が住むのに適した都市、を標榜する。確かに見事に都市計画され、景観も綺麗に調和され、街路の幅や交通の流れも、よくコントロールされているようだ。加えて、新興都市であることが長所となり、電柱、電線がない。
 威海分校(と言っても、学生総数1万2千人というから、UCのロサンゼルス校とかバークレー校のように、自立した規模を有する)の上層部は、理想的な環境で学生は勉学に専念できる、と胸を張る。それでも、9月から北京の大学院に進学するという女子学生は、北京はお店がもっとたくさんあるのでしょうね、と羨ましげに私に訊ねる。若いうちは、刺激に富む都会で学び、年長じてからこういう静かで穏やかな街で暮らすのが良いのかも知れないね、と私も納得する。
 おそらく渋滞はなさそうな広~い道路に、クルマの影は少なく、街を歩く人影も、まるでマンションやニュータウンの完成予想図くらいにしか歩いていない。渋滞があろうが、通勤ラッシュがあろうが、人々が凝縮する街にこそ、衝突エネルギーが発生して活力が湧く。
 北京では老人扱いされることが多い私でさえ、まだまだ渋滞の街の方が恋しいもの。

白井啓介 06/03/28
 

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