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久々に

 投稿者:空世  投稿日:2007年 5月29日(火)00時26分28秒
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  最近の自分の気持ちから言うと、物言えば唇さむし・・・・というような感情がどこかにある。
画家としては、作品が全てを語っていなければ、というような思いがそうさせているのかも。まだまだ、自分の姿を現しつくしてはいないというような、不完全な想い、まだ、自分はこうではないと言うような。でも現実は取り返しがつかないから、そのままの状態で是認されていく。自分の感情とは程遠いと言わざるおえない。どこか、不条理感の中でこんなはずではないというような、違和感の中にいる。けれども、ここまで生きてみて解ったことは、全ては限界の中でどれだけ自由でいられるかということだ。全ては限界の中にある。一即多と言ってみたところで、限界の中での事だ。少なくとも、時間とか、空間とか、次元とか、色とか。芸術には不満の山だし。満足など、何処にもない。あるのは、食欲のような渇きだけである。それがなくては、生きられない。不満こそ大切な要素。欠落こそ大事にすべきものだということだ。満足が大切なのではない。かえってその反対なのだ。人は満足することを知らないから生きられるのだ。そのように、普通であれば、出来ている。完成も完全もない。言葉にはあっても、現実にはない。あるとすれば、そのままということだ。一時的に。それも、瞬時に変化する。だから、生きられる。そして、結論は旅の恥は掻き捨てだーということになる。全ては一瞬のことだ。こころして生きよというこだ。なぜなら、不完全なものを巻き散らかさずには生きられないからだ。どうしてって、それは、完成も完全もないからだ。それが出来るとしたら、時間を止めることが出来たら、変化しない完全固定のものが出来たら、相対のない世界なら。一切が存在しないなら。そんなところはどこにもない。しょうがないから、せいぜいこころわくわくするところに向かって生きていくばかりだ。
 
 
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